チョコレートの歴史と、ベルギーや日本にチョコレートが伝わった背景

チョコレートの歴史と、ベルギーや日本にチョコレートが伝わった背景2019.07.11

普段何気なく口にするチョコレート。一体どこで生まれ、どのような経緯・歴史を経て日本にやってきたのかご存知でしょうか。チョコレートの始まりから世界に広がるまでの背景を年表も交えて解説します。合わせてチョコレート文化が花開いたベルギーと、私たちが暮らす日本のチョコレート文化についてもお届けします。

チョコレートが世界に広がった歴史・背景

かつて、「神の食べ物=テオブロマ・カカオ」と呼ばれていたカカオ(チョコレート)。まずはチョコレートの歴史的背景とチョコレートがどのように変化したのかを年表で振り返ってみましょう。
紀元前1400年〜
紀元前1100年
ホンジュラスの遺跡でカカオが使用されていたと見られる
紀元前1500年〜
紀元前400年
カカオ豆の栽培開始
紀元前400年〜
1000年
マヤ人により、グアテマラやメキシコ・ユカタン半島の熱帯地域でカカオの大規模な栽植農業が発展
神聖な飲み物としてカカオドリンクやカカオ酒が製作される
カカオ豆が通貨の役目を果たす
ブルジョワたちがカカオドリンクから「知恵とパワー」を得ようとする
1502年〜
1519年
コロンブスがカカオ豆を発見(ヨーロッパ人として初めてのカカオ豆との遭遇)
カカオドリンクが精力剤代わりや媚薬効果があるものと信じられる
1521年〜
1525年
アステカ帝国を征服したコルテスがカカオ豆とチョコレートを作る道具をスペインに持ち帰る
コルテスがカカオドリンクのスパイスとして使用されていた唐辛子を、砂糖に変更し飲みやすく改良
1606年〜
1655年
スペインがチョコレートの発見を1世紀以上も隠し、秘密裏に赤道直下の農民地にココア(カカオ)農園で栽培、チョコレートドリンクを製作
イタリアの商人であったアントニオ・カルレッティがチョコレートドリンクの製法を知る
1657年 チョコレートがイギリスへ渡り、ロンドンに初のチョコレート専門店がオープン
高価であったカカオは、お金持ちや貴族の間だけで楽しまれるが、値段が下がり始めると、チョコレート専門店がいたるところに作られる
1732年〜
1826年
フランス人がチョコレート製作工程で使用される「石炭加熱式水平磨砕テーブル」を発明
スイス人が水力に頼ったカカオ粉砕機を発明
「食べるチョコレート」の製作器具が徐々に増え始める
1828年 オランダ人科学者が、ココア圧搾技術とアルカリ化技術を発明
カカオ豆に含まれるココアバターからココアパウダーを取り出すことに成功
脂肪分が控えめな新しいチョコレートドリンク「ココア」が誕生
1847年 イギリスにて食べるチョコレートが誕生
1875年 スイス人がミルクチョコレートを発明
1879年 スイス人がチョコレートに粉ミルクを加えることを思いつき、現在のようなクリーミーな味わいへ変化
1936年 ヨーロッパでホワイトチョコレートの販売がスタートする
2016年 第4のチョコレート「ルビーチョコレート」発表
カカオは神聖な食べ物として崇められていただけでなく、最初は「食べる」ことよりも「飲むもの」として人々に親しまれていきました。当時のチョコレートを取り巻く環境は、今と大きく異なる部分があったのです。

また、チョコレートはヨーロッパのイメージが強いですが、実は中南米生まれ。少し意外かもしれませんが、良質なカカオ豆が育つ条件である温度や湿度などの気候を考えると納得できます。

ベルギーでのチョコレートの歴史

ベルギーでのチョコレートの歴史
チョコレートと言えば有名なのはベルギー。プラリネをはじめとした、豊富なチョコレートの数々はベルギー発祥です。また、多くのトップブランドがベルギーには存在します。ではなぜベルギーでこのように甘美なチョコレート文化が花開いたのでしょうか。次にベルギーチョコレートの秘密に迫ってみましょう。

ベルギーでチョコレートが広まったきっかけ

ベルギーチョコレートの歴史は17世紀に始まります。17世紀、ベルギーのゲントにあるボーデロ修道院の院長がチョコレートを購入したことがきっかけとされています。当時はいくつものスパイスを調合し、不老長寿の薬として、薬剤師がチョコレートドリンクを売るのが一般的でした。19世紀になると、とある有名チョコレートメーカーが板チョコレートや一口で食べられる動物・人形モチーフのチョコレートといったバラエティに富んだ商品をお店に並べるようになります。

ベルギーでプラリネが誕生した背景

1850年代、薬を売る仕事をしていたジャン・ノイハウスは苦い薬を飲むことに抵抗のある子どもたちに向けて、チョコレートで薬を包むという斬新なレシピを考えました。彼の孫であるジャン・ノイハウスJrは祖父の作ったチョコレートをもとに新たなスイーツを考案します。それが、今では有名な「プラリネ」だったのです。

さらに、ジャン・ノイハウスJrの妻はプラリネを入れるための「バロタン」(ballotin)というプレゼントボックスを作成します。これがきっかけとなり、ベルギーのプラリネは友人や家族、恋人といった大切な方への贈り物というイメージが色濃くなっていきました。

後に、チョコレートを液体のまま輸入できるように。ベルギーではプラリネがたちまちブームとなり、たくさんの人に愛されるチョコレートとなりました。

そしてプラリネの発展形として、「マノン」と呼ばれるチョコレートも生まれます。マノンとはコーヒー風味のバタークリームをホワイトチョコレートで包み込んだスイーツ。程よい甘さとほろ苦さがバランス良く口の中で溶け合うチョコレート菓子です。

日本でのチョコレートの歴史

日本でのチョコレートの歴史
南米で発見され、ヨーロッパへと伝わっていったチョコレート。では日本にはどのように伝わり、定着していったのでしょうか。最後に私たちになじみ深いチョコレート文化がどのように生まれたのかをご紹介します。

日本に初めてチョコレートが伝わった経緯

廣川獬『長崎見聞録』(1797年)の記述が最も古く、チョコレートの原型はこのころ日本に伝わったと考えられています。江戸時代の鎖国真っ只中、チョコレートは長崎の出島でオランダ人によってもたらされたようです。文献にある「しょくらとを」という記述が現在のチョコレートであると考えられています。

ただ、当時チョコレートは薬として伝わっており、今の私たちが想像するようなお菓子のイメージはありませんでした。人々に最もなじみの深い形でチョコレートが親しまれるようになるのはここから1世紀ほど先。日本でチョコレートが商品として最初に販売されたのは1877年(明治10年)です。その後、1899年には某有名製菓店がチョコレートの製造をはじめ、後を追うように様々な企業がチョコレート製造に参入し始めます。

そして1918年には原料であるカカオからのチョコレート製造が開始。現在のイメージに近い、「お菓子としてのチョコレート」が徐々に世の中へ浸透していきました。

大衆も楽しめるお菓子への軌跡

こうしてメーカーによるチョコレート製造が始まりますが、この時代のチョコレートは「異国の不思議な食べ物」という認識だったようです。しかし、初めこそチョコレートは庶民にとっては手を出しにくい存在でしたが、明治から大正時代に移ると日本全国へと広まっていきます。

戦後になるとチョコレート産業や技術が発達し様々なチョコレートが生まれていきます。そして40年代、50年代にはバレンタインデー文化が一躍ブームに。恋人にチョコレートを贈るという習慣が定着し、現在の私たちが知るチョコレート文化が日本に定着したのです。

今も昔も、チョコレートは人々を魅了する食べ物

チョコレートの歴史は古く、海を越え、時を超えて日本にやってきています。歴史を紐解いてみると、長い時間を掛けて現在のチョコレート文化が育まれてきたことが伺えます。

金と同等の価値を持ち、神聖なものとして扱われたチョコレート。今も昔も私たちがチョコレートに夢中になってしまうのは変わらないようです。

ピエール マルコリーニのチョコレート作りは「神様の食べ物」として崇められていたカカオ豆を探すところからスタートします。こだわり抜いたピエール マルコリーニのチョコレートは悠久の価値を思わせる仕上がり。カカオ豆から生まれた芸術的なこだわりの逸品をぜひ味わってみてください。

参考文献

八杉佳穂(2004)『チョコレートの文化誌』世界思想社
武田尚子(2010)『チョコレートの世界史』中公新書
佐藤清隆、古谷野哲夫(2011)『カカオとチョコレートのサイエンス・ロマン−神の食べ物の不思議−』幸書房
成蹊大学文学部学会(2018)『嗜好品の謎、嗜好品の魅力−高校生からの歴史学・日本語学・社会学入門−』風間書房